先日出かけた芝川町内房の大晦日(おおずもり)へ。
今日は、廻沢橋から左岸を登って行く。
すぐに、木々に囲まれた坂を登る。
しかし、勾配も何とかフロントセンターで漕げる。
木々から、光りが透ける。
泉水から登って来る道と、合流する。
先日は、はたご池越えで泉水から登って来た所だ。
所々で、木々の隙間から富士山が見える。
落ち葉が道の脇に溜まっている。
この先で、ひょうたん島が現れる。
今日は、右に折れる。
大晦日の家が現れると、富士山が正面に見える。
この先にも、大晦日の集落が現れる。
道が、右から合流する。
そちらには、五輪の大榧(おおかや)と大晦日のタブノキが有る。
芝返の石碑からは、山道の険しさが感じられる。
ここは、甲斐と駿河を結ぶ交通の要衛として、いにしえの旅人が大樹の下で一休みしたようだ。
芝返からの富士山。
芭蕉天神宮からの合流点。
ここに、道しるべが有り由井の文字や、遠くは信州高遠が刻まれている。
一番高い所からの、富士山を眺めて、
由比町への、峠になる。
こちらも、木々に囲まれた中を下りて行く。
途中、路面が塗れている所は、凍結している。
銚子口の滝を見て、入山に下りる。
由比町に下りた時には、冷たい風が強くて、県道で帰還した。37km
由比町側の濡れた路面は、凍結しています。
注意して、下って行くように。
23
12月
Comment
後醍醐天皇の使者として富士山本宮浅間大社に戦勝の報告に向かっていた<br />
右大臣久我長通が、同地区で病のため急逝した。<br />
その長通の遺言で、同地区に祠が1334年に建てられたのが起こりとされている。<br />
ここまでは調べましたが、「芭蕉」とは松尾芭蕉のことで<br />
松尾芭蕉と何か関係があるのかな~と思っていました。<br />
ところが違うんですね!<br />
恥ずかしながら芭蕉のとは、あのバナナみたいのが<br />
それとは知りませんでした。<br />
大変、勉強になりました。例祭が2月の第一日曜に行われようで、見てみたいです。<br />
(でも日曜日では無理なんです。今のところ)</p>
それに、この道は塩の道で、大榧の所は大晦日峠と呼ぶようです。<br />
ここから、廻り沢(めぐりさわ)に下りて行ったようですね。<br />
道しるべに、信州高遠が刻まれていますので、確認してください。</p>
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